
卒業するには日本に帰りますが、トータルでアメリカに5年間いたことになるのかな。語学学校の時間も含めて5年間いました。当初はアメリカにずっといたい、大学卒業後は大学院にも行きたいなと思っていました。ですが、一方で日本をずっと離れていると、キャリアとしてはアメリカにいたいと思いましたが、気持ちとしては日本に戻りたいなというのがありました。家族も日本にいますし。日本に帰ろうかなと迷っていました。大学院の受験は、合格しなかったわけではないのですが。スタンフォード大学からスカウトが来て、コロンビア大学に受かっていたのですが、脳の研究はもういいやと思っていました。

やった研究は2つありました。脳の病気でハンチントン舞踏病というのがあるんですけど、脳が機能しなくなってきて身体が思う通りに動かなくなってくる病気です。治療法はまだありませんが、進行を遅らせるための薬を開発する研究チームに入って、脳を解剖して研究していました。ネズミの首を絞めて脳を取り出して、スライスして、電極を当てて、とか。ときどき人間の脳も扱いましたけど、大体動物の脳です。それをひたすら繰り返してデータを取って統計分析して、ということをひたすら繰り返して論文にすると。論文も書いたりしましたけど、それは恵まれたと思います。 研究室の教授はとてもすごい方で、僕はUCLAという学校に行ったのですが、今UCLAの副学長になっている先生です。先日、10何年ぶりに会いに行きましたが、まだお元気でした。すごく自由にやらせてくれる先生で、学部生にも、「研究チームに入って論文書いていいよ」くらいの感じで許してくれました。そこで論文書いて、というのをやっていました。それは1個目の研究で、もう1個も同じ教授の下でやりました。銀杏エキスがボケ防止といわれて日本でも売られていますが、それが本当に効能があるのかという研究です。これはラボではなく文献を元にやる研究です。そういうのをレビューというのですが、レビュー研究をやっていました。そういう研究をずっと続けていました。それは面白くやっていましたが、このまま研究室に閉じこもって、ひたすらいつ芽が出るともわからない研究を続けるのは自分の性分に合わないなということがありました。脳のことをやっていたので、脳のメカニズム、例えば何かを覚える、言語を習得するとかは全部脳がやるので、どうやったら頭が 良くなるんだろうという興味が純粋にありました。自分の頭を良くしたいなと思っていて。どうやったら英単語を効率的に覚えられるんだろうとか、これは研究ではありませんが勉強はしていました。 その延長線上で、教育のほうが面白いなと思いました。同じ脳を扱う学問として教育もありますので。どちらかというと理系で研究職になる方向よりは教育のほうが面白そうと思って、大学院は受かっていたけど、そちらに行くよりは教育のほうに行こうと思っていました。