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社会活動

ミャンマーでの活動



ミャンマーの孤児院支援は僕が始めたのではなくて、僕の嫁のおばあちゃんが始めたもので、 ずっと続いているものです。嫁がミャンマー人なんです。アメリカで知り合うんですけどね。留学時代 に僕が家庭教師をしていたのですが、その生徒さんに、今の嫁となる方がいらっしゃって。日本に帰ってきてから結婚することになるんですが、日本語もペラペラです。今はミャンマーの情勢が不安定ですが、当時も不安定で、亡命するような形で日本に来た一家です。日本で育っているので、 日本語もペラペラなんです。アメリカに行っているときに知り合って、最終的に結婚しました。そのおばあちゃんが、もともとはミャンマーの一家ですから、おばあちゃんはずっとミャンマーにいるんです。おばあちゃんが孤児院の支援をずっと続けていました。そのおばあちゃんはもう亡くなったんですが。オロナミン C が大好きなおばあちゃんで、それだけは覚えていて。おばあちゃんが続けていた活動を続けてやっているということです。僕が発起人ですとか全部続けてきたわけではなくて、活動の一部を 僕も続けさせていただいているということです。

取り組みの内容は、ミャンマーには孤児院がいくつかありますが、その中の一つで、そこにいろんなものを届けると。僕一人でやっているものではなくて、 ビジネスパートナーですとか、僕がお世話になった方がたくさんいるんですが、その方々の提案とか企画もいろいろあり、その方々からの寄付もあります。僕が全部寄付をしているわけではなく、いろんな方からの寄付、アイデアがあって、みんなが取り組んでいる活動です。勉強道具を届けたりお もちゃを届けたり。あとはソーラーパネルを届けたりもしました。電気がないんです。教科書とか鉛筆を届けても暗すぎて勉強できないんです。でも、外に出て勉強することはできないんです。40 度と か 45 度とか気温があって、クーラーがないので。炎天下の中で勉強しろというのは無理なので。でも、部屋の中に入ったら電気がないので真っ暗です。だから勉強しようにもできないわけです。それは根本的な解決にはならないということで、僕がお世話になっている方のアイデアでソーラーパネルを届けたらどうかということで届けに行って。実際に行ったら、使っていましたね。行って、子どもたちが勉強するようになって、「夢は?」と聞いたら、看護師さんとか先生とかエンジニアとか、いろいろ言っていたので、夢が叶えばいいなと思っています。今はコロナで行けていないんですよね。図書館も作ろうとはしています。もう建物は建ちましたが、ただ、本がまだ入っていません。建物があるけど本が入っていないという状況で、建物が建ったところでコロナになりました。

本を入れに行かないといけませんが、軍事政権になってしまって、それがどうなっているか全然情報がないんです。孤児院自体は政権に関わらず存続はしているでしょうけど、物資を届けるとか支援の体制に何かしら影響がなければそのまま続けられるのですけど。とりあえず一回行かないことには、電話がつながって状況がわかりますとかいうことではないので。奥地まで、電話が通じないようなところにあるので行かないと状況がわからないんです。